2011年9月7日水曜日

君は心地もいとなやましきに

君は心地もいとなやましきに、雨すこしうちそそき、山風ひややかに吹きたるに、滝のよどみもまさりて、音高う聞こゆ
源氏は気分もすぐれない折に、小雨が降りしきり、山風が冷えびえと吹き降ろす音がしてきて、滝壺の水かさも増したように、水の音が轟々と聞こえてくる。

すこしねぶたげなる読経の絶え絶えすごく聞こゆるなど、すずろなる人も、所がら、ものあはれなり、まして思しめぐらすこと多くてまどろませたまはず
少し眠たげな読経の声がとぎれとぎれに聞こえてくるのが身にしみて、何人であっても場所柄の雰囲気にのみこまれてしまいそうなものの気配であるのに、ましてや源氏には思い巡らすことが多く、つゆもまどろむことができない。

初夜といひしかども、夜もいたう更けにけり
初夜と言っていたが、夜も相当更けてしまっている。

内にも人の寝ぬけはひしるくて、
奥のほうでも、人が寝ないで起きている気配がはっきりと感じられる。

いと忍びたれど、数珠の脇息にひき鳴らさるる音ほの聞こえ、なつかしううちそよめく音なひ、あてはかなりと聞きたまひて、
音を立てない様にはしているようではあるが、数珠が脇息に触れるのが微かに聞えてきて、そよそよと衣が擦れる音がなつかしく感じられる気配などはたいへん優雅である。

ほどもなく近ければ、外に立てわたしたる屏風をすこし引きあけて、扇を鳴らしたまへば、
気配を伺っているところが程なく近いところなので、間仕切りの屏風が幾双か立てわたしてある隙間を少し引き開けて、手元の扇を鳴らしてみると、

おぼえなき心地すべかめれど、聞き知らぬやうにやとて、ゐざり出づる人あなり
思いがけないことの気がするけれども、聞いておいて知らないふりもできないと思い、座ったまま寄ってくる人があった。

すこし退きて、「あやし、僻耳にや」とたどるを聞きたまひて、
少しさがり「なにかしら、空耳かしら」と探している様子をお察しになって、

仏の御しるべは、暗きに入りてもさらに違ふまじかなるものを、
「仏の道しるべは、暗闇にも決して迷うことはないものですのに、」

とのたまふ御声のいと若うあてなるに、うち出でむ声づかひも恥づかしけれど、
と仰せになられる声が、大変若くて気品があるので、言い出そうとする声使いが恥かしく感じられるが、

いかなる方の御しるべにか、おぼつかなく、と聞こゆ
「どういった道しるべでしょうか、雲を掴むようなことでございます。」と申し上げる。

げに、うちつけなり、とおぼめきたまむもことわりなれど、初草の若葉のうへを見つるより旅寝の袖もつゆぞかわかぬ、と聞こえたまひてむや
「たしかに唐突なこととあやしがられるでしょうが、『若草の若葉に目を留めてからというもの、旅の寝所で涙で袖が濡れてしまうのでございます』とお取り次ぎくださいませ」

とのたまふ
と仰せになる。

さらにかやうの御消息うけたまはり分くべき人もものしたまはぬ様はしろしめしたりげなるを、誰にかは、と聞こゆ
「このようなお歌を承るような姫君などはおりませんことは、ご承知おきくださっているはずですのに、誰にお伝えしたらよろしいでしょうか」と申し上げる。

おのづから、さるやうありて聞こゆるならむ、と思ひなしたまへかし、とのたまへば、入りて聞こゆ
「訳があって申しているのだろう、とご推察ください」とおっしゃられるので、奥に入りお伝えする。

あな、今めかし、この君や世づいたるほどにおはするとぞ思すらむ、さるにては、かの若草を、いかで、聞いたまへることぞ
「まあ、なんて今風のお歌でしょう、ここの姫君を年頃の娘と勘違いされているのかしら、それにしても、あの若草の歌をどうやってお聞きになったのでしょうね」

とさまざまあやしきに、心乱れて、久しうなれば、情けなしとして
と様々に不思議なことばかりで、いろいろと考えをめぐらし、ずいぶん時間がたってしまいそれも失礼であるので、

枕ゆふ今宵ばかりの露けさを深やま(みやま)の苔にくらべざらなむ
「旅の枕での今宵だけの寂しさを、山籠もりの苔の衣(僧衣)の露けさには比べられないものでしょう」

干がたうはべるものを
こちらの袖は乾くあてはございませんものを、

と聞こえたまふ
と返歌をされる。

かうやうの伝なる御消息は、まださらに聞こえ知らず、ならはぬことになむ、かたじけなくとも、かかるついでにまめまめしう聞こえさすべきことなむ
「このような人づてのお話しは今までにないことで慣れておりません、恐れ入りますが、このようなついでに真面目にお話させて頂きたいことがあります」

と聞こえたまへれば、尼君、
と申し上げると、尼君は、

僻事、聞きたまへるならむ、いと恥づかしき御けはひに、何事をかはいらへきこえむ
「何か、間違ったことをお聞きになられたのでしょう、ご立派な方にどうお答えすればいいかしら、」

とのたまへば、
とおっしゃると、

はしたなうもこそ思せ
「お時間が経ちすぎますと、」

と人々聞こゆ
と女房たちが促す。

げに、若やかなる人こそうたてもあらめ、まめやかにのたまふ、かたじけなし
「そうですね、もう私は若くはないのだから躊躇はございません。真面目におっしゃって頂いているのにお答えしなくては畏れ多いことです」

とて、ゐざり寄りたまへり
と言い、座ったままで静かに進んでいった。

うちつけに、あさはかなりとご覧ぜられぬべきついでなれど、心にはさもおぼえはべらねば、仏はおのづから
「突然のことですので、浅はかな心であるという印象を持たれるのは当然ですが、私自身はそうは思っておりません、仏はおのずからご存知なはずで、」

とて、おとなおとなしう、恥づかしげなるにつつまれて、とみにもえうち出でたまはず
と、尼君の大人の雰囲気に気後れがして、慎ましく感じられて、即座に言葉が出ずに言いよどんでしまう。

げに、思ひたまへ寄りがたきついでに、かくまでのたまはせ、聞こえさするも、浅くはいかが
「本当に、思いもよらぬ折にここまで仰せになられているのですからどうして浅はかなどとは・・・・・」

とのたまふ
とおっしゃる。

あはれにうけたまはる御有様を、かの過ぎたまひにけむ御かはりに思しないてむ、
「先程お話いただきました姫君の境遇を感銘深く承りましたが、その、お亡くなりになった方の代わりと思って頂きたいのです」

言ふかひなきほどの齢(よはひ)にて、睦ましかるべき人にも立ちおくれはべりにければ、あやしう浮きたるやうにて、年月をこそ重ねはべれ
「私も、年端もいかない幼少の頃に親しみなつくべき親に先立たれたために、心が宙に浮いたように年月を重ねてまいりましたので、」

同じようにものしたまふなるを、たぐひになさせたまへ
「同じようでいらっしゃるのであれば、わたくしと同じ境遇の故にとお考えください」

といと聞こえまほしきを、かかるをりはべりがたくてなむ、思されむところをも憚らず、うち出ではべりぬる
「・・・と申し上げたかったのでございますが、このような機会はめったにないので、お考えになるだろうことも憚らずに申し上げた次第でございます」

と聞こえたまへば、
と源氏が申し上げると、

いとうれしう思ひたまへぬべき御ことながらも、聞こしめし僻めたることなどやはべらむ、とつつましうなむ
「大変嬉しく思うべきことながらも、間違ってお聞きになられてはいないのかと憚られ、たいへん恥ずかしゅうございます」

あやしき身ひとつを頼もし人にする人なむはべれど、いとまだ言ふかひなきほどにて、ご覧じ許さるる方もはべりがたげなれば、えなむ承りとどめられざりける
「わたくし一人を頼りとしている娘はありますが、まだほんの子供でございまして、お目にかけるほどのものではございませんので、そのようなお話はお受け致しかねるものでございます」

とのたまふ
と申し上げる。

みなおぼつかなからず承るものを、ところせう思し憚らで、思ひたまへ寄る様ことなる心のほどをご覧ぜよ
「すべてご事情は把握して申し上げているものですから、そんなに窮屈にお考えにならずに、心が惹かれて、愛着を感じているわたくしの、そのままの心で判断して頂きたいのです」

と聞こえたまへど、いと似げなきことをさも知らでのたまふ、と思して、心とけたる御いらへもなし
と源氏が申し上げても、年が不釣合いであるのをそれほど知らずにに仰せになられているのであろうと思われて、気を許した御返事もないのであった。

僧都おはしぬれば、
僧都が戻ってきたので、

よし、かう聞こえそめはべりぬれば、いと頼もしうなむ、とて押したてたまひつ
「まあ、こうしてお話の糸口がみつかりましたので、期待しております」と言って屏風をお閉めになられた。




2011年9月6日火曜日

暁方になりにければ

暁方になりにければ、法華三昧行ふ堂の懺法の声、山おろしにつきて聞こえくる、
暁の頃になると、法華堂にて、懺悔経をあげる声が山おろしの風にのって聞こえてくる。

いと尊く、滝の音に響きあひたり
読経の声が非常に尊くて、滝の音と響きあっている。

吹き迷う深山おろしに夢さめて涙もよほす滝の音かな
「吹きすさぶ深山おろしの風に夢から覚めて、滝の音を聞いたときに感涙の涙が催されました。」

さしぐみに袖ぬらしける山水にすめる心は騒ぎやはする
「不意においでになって、涙を誘った山水の有り様は、ここに住んでいる者にとっては心を騒がすようなものではございません」

耳馴れはべりにけりや
「耳馴れてしまいました。」

明けゆく空は、いといたう霞みて、山の鳥ども、そこはかとなう囀りあひたり
明けてゆく空は、そこら辺りが見えない程に霞みがかかっていて、山鳥がどこに居るとも知らず囀り合っている。

名も知らぬ木草の花どもも、いろいろに散りまじり、錦を敷けると見ゆるに、鹿のたたずみ歩くもめづらしく見たまふに、なやましさも紛れはてぬ
名前も知らない木や草に花が咲いていて、様々な色合いが散りまじって錦を敷いたように見える上を鹿が歩いているのは、見るももめずらしく、気分のすぐれないのもすっかり忘れてしまう。

聖、動きもえせねど、とかうして護身参らせたまふ
聖は、動くのもままならない様子であるけれど、どうにかして護身の修法を源氏に施してさしあげる。

いといたうすきひがめるも、あはれに功づきて、陀羅尼読みたり
枯れた声が抜けた歯の隙間から発音されているのも、修業の年功が感じられる様子で、陀羅尼を読んでいた。

御迎への人々参りて、おこりたまへるよろこび聞こえ、内裏よりも御とぶらひあり
京よりお迎えの人々が参上して、病気平癒ののお祝いを申し上げ、帝からもお見舞いがある。

僧都、世に見えぬさまの御くだもの、なにくれと、谷の底まで掘り出で、いとなみきこえたまふ
僧都は京では見られないような珍しい果物を谷の底まで求め、掘り出してきて様々に饗応される。

今年ばかりの誓ひ深うはべりて、御送りにもえ参りはべるまじきこと、なかなかにも思ひたまへらるべきかな、など聞こえたまひて、大神酒(おほみき)参りたまふ
「今年ばかりは山に籠もるという誓いもありまして、お見送りもできないのがかえって残念でございます。」などと申し上げながら、お神酒を差し上げなさる。

山水に心とまりはべりぬれど、内裏よりおぼつかながらせたまへるも、かしこければなむ、いまこの花のをり過ぐさず参り来む
「山水の素晴らしい風景に心魅かれておりますが、帝からも心配いただいているのも畏れ多く、今のこの花の時期を見過ごさずにまた参拝いたしましよう。」

宮人に行きて語らむ山桜、風より先に来ても見るべく
「宮中の人に、帰ってから伝えよう、山桜を散らす風が吹くよりも先に来て見るべきと、」

とのたまふ御もてなし、声づかひさへ目もあやなるに、
と仰せになるご様子や声づかいがまばゆく見える程であるので、

優曇華の花待ち得たる心地して、深山桜に目こそうつらね
「このたびお会いできたことは、三千年に一度開花するという優曇華の花が咲くのを待ち得たような心地でございまして、深山桜には目移りも致しません」

と聞こえたまへば、ほほえみて、
と申し上げると、源氏はほほ笑んで、

時ありて、ひとたび開くなるは、かたかなるものを
「時がきて、一回きり開く花と聞いていますが、それこそ見るのは大変でしょう」

とのたまふ
とおっしゃる。

聖、御土器(おんかはらけ)賜はりて、
聖は、素焼きの杯を一杯飲み、

奥山の松のとぼそをまれにあけてまだ見ぬ花の顔を見るかな
「奥山の松の扉を、まれにあけてみて、一度も見たことのない花を見たのですよね。」

とうち泣きて見たてまつる
と感極まり泣きながらお顔を拝見している。

内に僧都入りたまひて、かの聞こえたまひしこと、まねび聞こえたまへど、
庵の奥に、僧都はお入りになり、昨夜、源氏が仰せになられたことをそのまま繰り返してお話したのだが、

ともかくも、ただ今は聞こえむ方なし、もし御こころざしあらば、いま四年五年(よとせいつとせ)を過ぐしてこそは、ともかくも
尼君は、「ともかくも、ただ今は申し上げようがございません。もしお心があるのなら、あと4~5年たってからまたということであればともかくも」

とのたまへば、
とおっしゃるので、

さなむ、と同じ様にのみあるを本意なしと思す
そういったことで、まったく、とりつくしまもなくおふのを、残念に思う。

御消息、僧都のもとなる小さき童して、
お手紙を、僧都の家の小さな子供をお使いにして

夕まぐれ、ほのかに花の色を見てけさは霞の立ちぞわづらふ
「夕暮れに紛れて、ほのかに咲く赤い花の色を見てからは、霞がたっているこの場所を経ちがたく思います」

御返し
お返事に

まことにや花のあたりは立ち憂きと、霞むる空のけしきをも見む
「本当にこの花の場所を経ちがたいのかどうか、霞んでよく見えない天気の移り変わりの様なものではないでしょうか」

と、よしある手のいとあてなるを、うちすて書いたまへり
と、達筆で上品な筆使いを無造作にしなしている。

御車に奉るほど、大殿より、
お車にお乗りになられる時に、左大臣邸より、

いづちともなくておはしましにけること
「どこへともなくお出かけになられて、」

とて、御迎への人々、君たちなど、あまた参りたまへり
と、お迎えの人々、公達など、大勢おいでになった。

頭中将、左中弁、さらぬ君たちも慕ひきこえて、
左大臣家の長男である頭中将、その異腹の弟である左中弁などみんなが源氏を慕い、

かうやうの御供には、つかうまつりはべらむ、と思ひたまふるを、あさましくおくらさせたたまへること
「このようなお供にはお仕えさせていただくつもりでいましたのに、意外にも置いてかれましたことを、」

と恨みきこえて、
と愚痴を申し上げ、

いといみじき花の陰に、しばしもやすらはず、たち帰りはべらむは、飽かぬわざかな
「このような素晴らしい花の盛りには、すこしでもゆっくりしてから帰らないと後悔してしまいますね」

とのたまふ
とお誘いになる。

岩隠れの苔の上に並み居て、土器(かはらけ)参る
岩の陰に苔が敷かれている上に居並んで、酒宴が供される。

落ち来る水の様など、ゆゑある滝のもとなり
落ちてくる水の様子などが風情のある滝壺のほとりのである。

あかずくちをし、と言ふかいなき法師、童べも涙を落としあへり
もう行ってしまわれたのかと、そこらの法師や幼い子供さえも涙を浮かべている。

まして内には、年老いたる尼君たちなど、
まして、柴の庵のうちでは、年老いた尼君たちなどは、

まださらにかかる人の御有様を見ざりつれば、この世のものともおぼえたまはず
「年経れども、ここまでの方をお見かけすることがなかったので、この世の方とはとても思えない」

と聞こえあへり
などと話し合っている。

僧都も、
僧都も

あはれ、何の契りにて、かかる御様ながら、いとむつかしき日本の末の世に生まれたまへらむ、と見るに、いとなむ悲しき
「いかなる宿縁で、このように仏のような方がこの難しい末法の日本にお生まれになたのでしょう、と考えてみると、悲しい気持ちになります」

とて目おし拭ひたまふ
と言って涙を拭われる。

この若君、幼心地に、めでたき人かなと見たまひて、宮の御有様よりも、まさりたまへるかな、などのたまふ
この若君は、幼心地にすばらしい方だなとご覧になって、「父宮よりもすごい方なのね」などとおっしゃる。

さらば、かの人の御子になりておはしませよ、と聞こゆれば、うちうなづきて、いとようありなむ、と思したり
「それならば、あの方の御子になってくださいませよ」と申し上げると頷いて「それもいいことだな」と思っている。

雛遊びにも、ゑ描きたまふにも、源氏の君とつくり出でて、きよらなる衣着せ、かしづきたまふ
お人形遊びの時にも、お絵かきをされる時にも、これは源氏の君とお造りになって、きよらかな衣装を差し上げて大切になさっている。





2011年9月5日月曜日

問はぬはつらきものにやあらむ

君はまづ内裏(うち)に参りたまひて、日ごろの御物語など聞こえたまふ
源氏はまず宮中に参内して、帝にここ数日間の出来事をご報告申し上げた。

いといたう衰へにけりとて、ゆゆしと思しめしたり
源氏がひどく衰弱してしまっている様子なのをご覧になり、帝はただごとではないとお思いである。

聖の尊かりけることなど問はせたまふ
帝は、聖の法力の素晴らしさなどをお尋ねになり、

詳しく奏したまへば、
源氏が詳しく奏上されると、

阿闍梨(あざり)などにもなるべきものにこそあなれ、行ひの労はつもりて、公にしろしめされざりけること
「阿闍梨などに匹敵する尊い方でありながら、修行が進んでいたのが伝えられてなかったのでしょう」

とらうたがりのたまはせけり
と聖の労をねぎらわれる。

大殿、参りあひたまひて、
丁度其の頃合いに、左大臣も参内していらして、

御迎へにもと思ひたまへつれど、忍びたる御歩きにいかが、と思ひ憚りてなむ、のどやかに一二日うち休みたまへ
「お迎えにあがろうとも思ったのですが、お忍びのお出かけにいかがなものかと、ご遠慮いたしまして、今日明日はゆっくりとこちらへお泊りくださいませ」

と申しまたへば、さしも思さねど、ひかされてまかでたまふ
と言われてしまうと、それとも思っていなくてもつい情にひかされて、左大臣の屋敷へおいでになる。

わが御車に乗せたてまつりたまうて、みづからはひき入れ奉れり
源氏を左大臣家の車にお乗せ致して、ご自身は後方にお座りになられる。

もてかしづききこえたまへる御心ばへのあはれなるをぞ、さすがに心苦しく思しける
大切にされているお心遣いがありがたくもあり、さすがに心苦しく感じられる。

殿にも、おはしますらむと心づかいしたまひて、久しく見たまはぬほど、いとど玉のうてなに磨きしつらひ、よろづをととのへたまへり
左大臣邸でも、君がおいでになるように心遣いがされて、しばらくぶりに訪れてみると玉の御殿と磨きあげられて、万事が整えられている。

女君、例の、はひ隠れて、とみにも出でたまはぬを、大臣せちに聞こえたまひて、からうじて渡りたまへり
女君は、いつものようにどこかに隠れていてすぐにもお出ましになるということではなく、左大臣にせかされてやっとおいでになる。

ただ絵に描きたるものの姫君のやうに、し据ゑられてうちみじろきたまふことも難く、うるはしうてものしたまへば、
ただ、絵に描いてある物語の中の姫君のように、ご座所に据えられてみじろぎすることもできない程きちんとなさっているので、

思ふこともうちかすめ、山路の物語をも聞こえむ、言ふかひありて、をかしういらへたまはばこそあはれならめ、
「思っていることや、山寺でのことをお話ししたいものですが、話す甲斐があって気の利いたお返事があればこそでしょう。

世には心もとけず、うとく恥づかしきものに思して、
まったく打ち解けて頂けず、わたくしをよそよそしく気詰まりな者のように思いなされて、

年の重なるに添へて、御心の隔てもまさるを、いと苦しく思はずに、
年を重ねるにしたがい、心の隔ても深くなっていくところを、どうか堅苦しくなさらずに、

時々は、世の常なる御気色を見ばや
時には、普段通りのご気分になられたらいかがでしょうか?

たへがたうわづらひはべりしをも、いかがとだに問いたまはぬこそ、めづらしからぬことなれど、なほ恨めしう
絶えがたい程の病を患っていた事さえも、具合はいかがか、とさえもお尋ねいただけないというのは、いつものことだけれども、やはり残念です」

と聞こえたまふ
と申し上げる。

からうじて
やっとのことで口を開き

問はぬはつらきものにやあらむ
「尋ねないのは薄情なことでしょうか?」
「お訪ねにならないのは薄情だからですか?」

と、尻目に見おこせたまへるまみ、いと恥づかしげに、気高ううつくしげなる御かたちなり
と、目線だけをよこす眼差しは、たいへん気高く、可愛らしいお顔立ちである。

まれまれは、あさましの御ことや
「たまにおっしゃられるのは、びっくりするようなお言葉ですね」

問はぬなどいふ際は、異にこそはべるなれ、心憂くものたまひなすかな
「訪ねる訪ねないという間柄は、夫婦の仲とは異なる仲合いでのうたにあるものながら、情けない言いようでございます」

世とともにはしたなき御もてなしを、もし思しなほるをりもやと、とざまかうざまにこころみきこゆるほど、いとど思ほしうとむなめりかし
「ずっとそっけなくされて、いつかはよくなると期待もしていましたので、あれこれと試してみたのですが、それがかえって疎ましいのですね」

よしや、命だに
「せめて、子供だけでもほしいものですね」

とて、夜の御座(おまし)に入りたまひぬ
と言って、寝所に入られる。

女君、ふとも入りたまはず
女君は、すぐにも入られない。

聞こえわづらひたまひて、うち嘆きて臥したまへるも、なま心づきなきにやあらむ、ねぶたげにもてなして、とかう世を思し乱るること多かり
誘うのもわずらわしく、ため息をついて横になられているのだが、どうしようもなく、うとうとしながら、とかく心が乱れることが多い。

この若草の生ひ出でむほどのなほゆかしきを、
この紫の若草がこれから生い育っていく様子がやはり気にかかって、

似げないほどと思へりしも道理ぞかし、言い寄りがたきことにもあるかな
まだ幼すぎると思われるのも当然だし、こちらからも言い出しにくいのも確かではあるが、

いかに構へて、ただ心安く迎へ取りて、明け暮れの慰めに見む
なんとかして、すんなりと迎え取って、朝夕とお見かけしたら心が和むことだろう。

兵部卿の宮はいとあてになまめいたまへれど、にほひやかになどもあらぬを、いかでかの一族におぼえたまふらむ
兵部卿の宮は大変上品でしとやかでいらっしゃるけれど、あでやかに人目を引くようなところはないのに、どうして親を通り越して叔母様にそっくりなのだろう

ひとつ后腹なればにや
先帝の4の宮でいらっしゃる藤壺とその兄の兵部卿の宮は、同じ后腹のご兄妹であるのだから、血のつながりによるのだろう

など思す
などとお思いになる。

ゆかりいと睦ましきに、いかでか、と深うおぼゆ
縁故のゆかりも、とても懐かしいもので、なんとかして、と深く心に思うのであった。



2011年9月4日日曜日

三月(みつき)になりたまへば、いとしるきほどにて

藤壺の宮、なやみたまふことありて、まかでたまへり
藤壺の宮は、ご病気をされて、宮中を退出されていた。

上のおぼつかながり嘆ききこえたまふ御気色も、いといとほしう見たてまつりながら、
帝がご心配されているご様子も並々でなく、いたわしくお見受けしながらも、

かかるをりだにと、心もあくがれまどひて、
このような折にでもないと・・・と、魂が肉体を離れたように彷徨い迷って、

いづくにもいづくにも参うでたまはず、内裏にても里にても、昼はつれづれとながめ暮らして、
あちらこちらの通うべき処はどこともお伺いせずに、宮中でも里にいても昼間はぼんやりとだけしていて、

暮るれば、王命婦を責め歩きたまふ
日が暮れると、藤壺の女官の王命婦を追いかけ廻して密会の取次ぎをせまる。

いかがたばかりけむ、いとわりなくて見たてまつるほどさへ、現とはおぼえぬぞわびしきや
いったいどうやって手引きをしたのだろうか、不義の密通を果たして、やっとのことでお目にかかることができたのにもかかわらず現実のこととは思えない、ただわびしいのである。

宮も、あさましかりしを思し出づるだに、世とともの御もの思ひなるを、
宮様も、あさましかったありしの逢瀬の時を思い出すことでさえ、寝ても覚めても心から離れないことであったのに、

さてだにやみなむ、と深う思したるに、いと憂くて、いみじき御気色なるものから、
それ1回きりで終わりにしよう、と深く心に思い至っていたのに情けなくて、たいへん硬いご様子ではあるが、

なつかしうらうたげに、さりとてうちとけず、心深う恥づかしげなる御もてなしなどの、なほ人に似させたまはぬを
それでも親しみがあって可愛らしく、かといって打ち解けてはいなくて凛として、気高く品のある振る舞いなどが、やはり並みの方ではいらっしゃらないのである。

などか、なのめなることだにうちまじりたまはざりけむ、とつらうさへぞおぼさる
どうして、ほんの少しの欠点すらおありにならにのだろう、と萎えてしまうほどである。

何事をかは聞こえ尽くしたまはむ
心の程を言い尽くすどんな言葉があるのだろうか、

くらぶの山に宿りも取らまほしげなれど、あやにくなる短夜にて、あさましうなかなかなり
暗いという名がついた「くらぶの山」であれば、夜も明けないのだろうが、あいにくの夜が短い季節なので、束の間の逢瀬はかえって逢うほうが辛いくらいである。

見てもまたあふよまれなる夢のうちに、やがて紛るるわが身ともがな
今日逢えて、またいつ逢えるかわからない、この夢のような時間のなかで、この夢だけを大事に思っていくのです。-源氏-

とむせかへりたまふ様も、さすがにいみじければ、
と泣いていらっしゃるのをみると、さすがに可哀想で、

世語りに人や伝へむたぐひなく憂き身を醒めぬ夢になしても
世間に語り伝えられてしまうようなことも、と思うと気が沈むもので、醒めることのない苦しみでございます。-藤壺-

思し乱れたる様も、いとことわりにかたじけなし
思い乱れるのももっともなことで、申し訳ない程のご心境の様子ある。

命婦の君ぞ、御直衣(なほし)などは、かき集め持て来たる
王命婦が君の直衣などを集めて持ってくる。

殿におはして、泣き寝に臥し暮らしたまひつ
その日は一日中二条院に過ごして、泣きながら寝所に臥していらっしゃった。

御ふみなども、例の、ご覧じ入れぬよしのみあれば、常のことながらもつらう、いみじう思しほれて、
藤壺に差し上げるお手紙は、ご覧にならない旨の返信が命婦からあるばかりで、それは前からのことではありながらも辛く、何も考えられずにぼうっとして、

内裏へも参らで、二三日(ふつかみか)籠もりおはすれば、また、いかなるにかと、御心動かせたまふべかめるも、恐ろしうのみおぼえたまふ
宮中にも行かずに、二三日ずっと二条院に籠もっているので、どうしたことか、と帝が気に掛けはしないかと考えると恐ろしいばかりである。

宮も、なほいと心憂き身なりけり、と思し嘆くに、なやましさもまさりたまひて、とく参りたまふべき遣いしきれど、思しも立たず
宮様も、やはり、とても情けないわが身であった、と後悔されて、体調も更に悪くなり、早く宮中へおもどり頂くようにとの言伝てを持ってお使いの方が来るけれども、参内はまったく思い立たず、

まことに、御地、例のやうにもおはしまさぬは、いかなるにか、と人知れず思すこともありければ心憂く、
実際に、気分がいつもと違うのはどうしたことなのか、と人には知られずに自分だけで思い到ることがあったので、益々憂鬱になり、

いかならむとのみ思し乱る
この先どうなることか、とばかりご心配になられている。

暑きほどは、いとど起きも上がりたまはず、
夏の暑い日には、全く起き上がることもおできにならず、

三月(みつき)になりたまへば、いとしるきほどにて、人々見たてまつりとがむるに、あさましき御宿世のほど心憂し
3ヶ月にもなれば兆候がはっきりとあるので、女房たちが見とがめるのにつけても、思いもかけない宿世がうらめしく感じられるのであった。

人は思ひよらねことなれば、この月まで奏せさせたまはざりけること、と驚ききこゆ
そうとも知らない周りの者たちは、「この月まで、帝にご報告なさらなかったというのは、」と驚いて申し上げている。

わが御心(みこころ)ひとつには、しるう思し分くこともありけり
しかし、ご自身の胸の内にはっきりと分かっていることもあるのだ。

御湯殿(おんゆどの)などにも親しう仕うまつりて、何事の御気色をもしるく見たてまつり知れる、御乳母子の弁、王名婦などぞ、
ご入浴の際などにも近くでお仕えしていて、ほんの少しの変化でも見過ごすことのない、藤壺の乳母の子である弁という女房や、王命婦などは、

あやしと思へど、かたみに言ひあはすべきにあらねば、
おかしいと思うけれども、二人の間でさえもお互いに言いかわすことではないので、

なほ逃れがたかりける御宿世をぞ、命婦はあさましと思ふ
更に深みにはまってしまった藤壺の宿世の程に、王命婦はおそれおののいているのである。

内裏には御物の怪の紛れにて、とみに気色なうおはしましけるやうにぞ奏しけむかし
帝には物の怪のせいで、すぐには妊娠の兆候が現れなかったというように報告をしたようである。

見る人もさのみ思ひけり
周囲の人々も、実際にそのように思っていたのである。

いとどあはれに限りなう思されて、
帝は、大変ご心配をされて、更に愛情を限りなくそそがれ、

御遣いなどの隙なきもそら恐ろしう、ものを思すこと隙なし
お遣いなどを頻繁におよこしになるので、それにつけても恐ろしく、心がやすまる隙がないのである

中将の君も、おどろおどろしう、さま異なる夢を見たまひて、
源氏の中将も、仰々しくいつもとは様変わりな夢を見たので、

合わする者を召して問はせたまへば、及びなう思しもかけぬ筋のことを合はせけり
夢合わせが出来る者を召喚して、お尋ねになると、思いもかけない内容のことが語られたのだった。

その中に違い目ありて、つつしませたまふべきことなむはべる、と言ふに、
「運命の糸のもつれがあって、ご謹慎するべき相がございます」と言うので、

わづらはしくおぼえて、
これは困ったことになったことになった、と感じ入り、

みづからの夢にはあらず、人の御ことを語るなり、この夢合ふまで、また人にまねぶな
「わたくしの夢ではなく、他の方の夢です。この夢のことが起きる時まで他言はないように」

とのたまひて、心のうちには、いかなることならむと思しわたるに、
とおっしゃり、心の中ではどういったことなのだろうか、と考えつづけていたところに、

この女宮の御こと聞きたまひて、もしもさるやうもや、と思し合わせたまふに、
藤壺懐妊のことをお聞きになって、もしや夢の合わせの出来事か、と思い当たることをお考えになる。

いとどしくいみじき言の葉尽くし聞こえたまへど、
切に言葉を尽くしたお手紙を差し上げるのであるが、

王命婦も思ふに、いとむくつけう、わづらはしさまさりて、さらにたばかるべき方なし
王命婦もこのことを考えるとうす気味悪く、わずらわしさが増して、更なる逢瀬の手引きなどということは到底無理なことであった、

はかなきひとくだりの御返りのたまさかなりしも絶え果てにけり
わずか一行のお返事をたまさかに頂くようなこともすっかり絶えてしまうのであった。

2011年9月3日土曜日

ふづきになりてぞ参りたまひける

ふづきになりてぞ参りたまひける
7月になって、ようやく参内されたのである。

めづらしうあはれにて、いとどしき御思ひのほど限りなし
久しぶりにお目にかかる感慨はひとしおで、帝のご寵愛のほどは限りがない。

すこしふくらかになりたまひて、うちなやみ面痩せたまへる、はた、げに似るものなくめでたし
少しふっくらとして、悩んで面痩せしてしまっていらっしゃるが、そうであっても、他にはない艶やさでいらっしゃる。

例の、明け暮れこなたにのみおはしまして、御遊びもやうやうをかしき空なれば、
以前のように、明け暮れとなくお側にばかりいらして、管弦のお遊びも盛んに催される季節の頃であるので、

源氏の君も暇なく召しまつはしつつ、御琴、笛など、様々に仕うまつらせたまふ
源氏の君も頻繁に宮中にお呼ばれになり、お琴や笛などをご披露になられる。

いみじうつつみたまへど、忍びがたき消しこの漏り出づるをりをり、
お気持ちの平静を装っていらっしゃるけれども、隠し通せない感情の綾が見え隠れする折々に、

宮もさすがなることどもを多く思し続けけり
さすがに宮様も心中、様々に思いが乱れるのである。

2011年9月2日金曜日

げに、言ふかひなのけはひや

かの山寺の人は、よろしくなりて出でたまひにけり
その頃、山寺でお会いした尼君は、病が少し回復して山をお下りになられていた。

京の御住みか訪ねて、時々の御消息などあり
京都の住処を訪ねて、時々お手紙を差し上げる。

同じ様のみあるもことわりなるうちに、この月頃はありしにまさるもの思ひに、ことごとなくて過ぎゆく
以前と同じ内容のお返事しか頂けず仕方なく思うところに、この何ヶ月は以前にも増して藤壺の宮へのご執心が深く、他のことには気が廻らずに時が過ぎていく。

秋の末つ方、いともの心細くて嘆きたまふ
晩秋の折、源氏の君は、大変心細くてため息をつかれる。

月のをかしき夜、忍びたる所に、からうじて思ひ立ちたまへるを、時雨めいてうちそそく
月のきれいな夜に、ひそかな通い処にかろうじて行こうと思い立ったところに、時雨のような雨がパラパラと降りだしてきた。

おはする所は六条京極わたりにて、内裏よりなれば、少しほど遠き心地するに、
おいでになられた場所は六条京極のあたり、宮中より退出されてこられたので少し遠くまで来た心地がするところで、

荒れたる家の木立いともの経(ふ)りて、木暗く(こぐらく)見えたるあり
荒れた屋敷で、年代物の木立がうっそうとしていて、月の光さえも遮られてるように見える場所がある。

例の御供に離れぬ惟光なむ、
例のお供として、いつも側にお仕えする惟光が、

故あぜちの大納言の家にはべりて、
「亡くなりました、あぜちの大納言の家でございます。

もののたよりにとぶらひてはべりしかば、かの尼上、いたう弱りたまひにたれば、何事もおぼえず、となむ申してはべりし
先日ついでの時に訪問したところ、その尼君は大変衰弱されてしまい、ものも考えられなくなったというように申しておりました。」

と聞こゆれば、
と申し上げると、

あはれのことや、訪ふべかりけるを、などかさなむとものせざりし、入りて消息せよ
「それは気の毒なことじゃないか、お見舞いに伺うべきだったのにどうしてそれと伝えなかったのか、中に入って取り次ぎをしなさい」

とのたまへば、人入れて案内せさす
とおっしゃれば、家来のものを屋敷の中に入れて取り次ぎをさせる。

わざとかう立ち寄りたまへること、と言はせたれば、入りて、
たまたま立ち寄ったとは伝えないように、と申し伝えると、家来の者は入っていき、

かく御とぶらひになむおはしましたる
「このようにお見舞いにおいででございます」

と言ふにおどろきて、
というので、驚いて、

いとかたはらいたきことかな、この日ごろ、無下にいと頼もしげなくならせたまひにたれば、御対面などもあるまじ
「まあ、どういたしましょう、ここ数日ですっかり力を落としてしまわれているので、ご面会などもままならないでしょう」

と言へども、帰したてまつらむはかしこしとて、
とは言っても、お帰しすることも畏れ多く、

南の廂、ひきつくろひて入れたてまつる
南の廂の間を急遽ひきつくろいお通ししたのだった。

いとむつかしげにはべれど、かしこまりをだにとて
「このような難しいところまでおいでいただきまして、ご挨拶だけでも」

ゆくりなう、もの深き、御座所(おましどころ)になむ
「にわか仕立ての、埋もれたような場所でございまして」

と聞こゆ
と女房が出てきて挨拶をするのだった。

げにかかる所は例に違いて思さる
たしかに、ここは普通の屋敷とはずいぶん趣が異なって感じられる。

常に思ひたまへ立ちながら、かひなき様にのみもてなさせたまふに、つつまれはべりてなむ
「いつもお伺い致したいと思いながらも、甲斐のないお返事ばかりを頂いてたものですからご遠慮いたしておりました。」

なやませたまふこと、重くとも承はらざりけるおぼつかなさ
「ご病気が重いとも存じておりませんでしたので、」

乱り心地はいつともなくのみはべるが、限りの様になりはべりて、いとかたじけなく立ち寄らせたまへるに、みづから聞こえさせぬこと
「体調がすぐれないのは今に始まったことではありませんが、もうこれまでとなりましたときに、畏れ多くもお立ち寄り頂きましたのに、直にお話しすることができないというのは・・・」

のたまはすることの筋、たまさかにも思しめしかはらぬやうはべらば、かくわりなき齢(よはい)過ぎはべりて、かならず数まへさせたまへ
「かねてより仰せいただいておりました件、万が一でもお心変わりがありませんようでしたら、このような子供子供した年頃を過ぎましたら、是非とも数の中に入れてくださいませ。」

いみじう心細げに見たまへおくなむ、願ひはべる道のほだしに思ひたまへられぬべき
「たった一人で心細げに遺して逝くことが、この世の未練となってしまうのかもしれません。」

など聞こえたまへり
などとおっしゃっている。

いと近ければ、心細げなる御声絶え絶え聞こえて、
大変近いところにいらっしゃるので、途切れ途切れにか細い声が聞こえてきて、

いとかたじけなきわざにもはべるかな、この君だに、かしこまりも聞こえたまひつべきほどならましかば
「わざわざおいで頂いて、大変恐縮でございます、せめてこの姫君が、お礼を申し上げることができるくらいの年齢でしたら、よかったのですけれども、」

とのたまふ
と尼君がおっしゃっている。

あはれに聞きたまひて、
心深くお聞きになられて、

何か、浅う思ひたまへむことゆゑ、かうすきずきしき様を見えたてまつらむ
「どうして、浅はかな気持ちから、このようなお願いができましょうか」

いかなる契りにか、見たてまつり初めしより、あはれに思ひきこゆるも、あやしきまでこの世の事にはおぼえはべらぬ
「どのような契りなのでしょうか。初めてお見うけしたときより心に強く印象づけられております。不思議に今世だけのこととは思えないのです。」

などのたまひて、
などとおっしゃって

かひなき心地のみしはべるを、かのいはけなうものしたまふ御一声、いかで
「せっかく参りましたので、あどけなくていらっしゃる姫君の一声をなんとか、」

とのたまへば、
とおっしゃるので、

いでや、よろづもの思し知らぬ様に、大殿籠(おおとのご)もり入りて
「いやもう、何も知らずにおやすみになっておりまして」

など聞こゆるをりしも、あなたより来る音して、
などと女房が申し上げているその時に、あちらのほうから来る音がして、

上こそ、この寺にありし源氏の君こそおはしたなれ、など見たまはぬ
「おばあさま、御山にいらっしゃった源氏の君がおいでになったんですって、どうしてお目にかからないの?」

とのたまふを、
とおっしゃるのを、

人々、いとかたはらいたしと思ひて、あなかま、と聞こゆ
女房たちは、やきもきとして、「お静かに」と申し上げる

いさ、見しかば、心地の悪しさ慰みき、とのたまひしかばぞかし、
「だって、お目にかかったからご病気が良くなった、とおっしゃったから・・・」

と、かしこきこと聞きえたりと思してのたまふ
と、ちゃんとものを知っているかのごとく言っているのであった

いとをかしと聞いたまへど、人々の苦しと思ひたれば、
大変粋な、と聞いていたけれども、周りの人々もきまりが悪いだろうと思ったので、

聞かぬやうにて、まめやかなる御とぶらひを聞こえおきたまひて、帰りたまひぬ
聞かないふりをして、丁寧なお見舞いの言葉をいい残されてその日はお帰りになられた。

げに、言ふかひなのけはひや、さりとも、いとよう教へてむ
「なるほど、まだ他愛のない感じだが、よく教えてみたい」

と思す
と思う。

2011年9月1日木曜日

秋の夕べはまして

秋の夕べはまして、心の暇なく思し乱るる人の御あたりに心をかけて、あながちなる、ゆかりも尋ねまほしき心もまさりたまふなるべし
秋の夕べは一層と、いつも暇なく思い続けている御方に心が奪われて、無理やりにでも、藤壺と深いゆかりのある少女を尋ねたいとの思いが募っていく。

消えむ空なき、とありし夕べ、思し出でられて、
消えようにも消えられない、と尼君がお詠みになられていた山寺での夕べの情景が思い浮かび、

恋しくも、また、見ば劣りやせむ、とさすがにあやふし
恋しくもあり、また、実際に手にいれてみたら見劣りはしないかと、さすがに心配でもある。

手に摘みて、いつしかも見む紫の根にかよひける野辺の若草
手につんで、いつの日かは必ず見てみよう、紫色の藤の花と根がつながっている野辺の若草

神無月に朱雀院の行幸あるべし
十月に、朱雀にある上皇御所へ、帝が外出になるご予定がある。

舞人(まひびと)など、やむごとなき家の子ども、上達部(かんだちめ)殿上人(てんじゃうびと)どもなども、
舞楽の舞い手などには、高貴な出のご子息たちなどが選ばれるのだが、上達部や殿上人などでも、

その方につきづきしきは、みな選らせたまへれば、皇子たち、大臣よりはじめて、とりどりの才ども習ひたまふ
その方面に才のあるものは皆選ばれたので、皇子、大臣よりはじめて様々な舞芸を練習されている。

いとまなし
暇のない頃である。

山里人にも、久しく訪れたまはざりけるを思し出でて、ふりはへ遣はしたりければ、
尼君には、山里へ帰られてから久しくお便りをせずにいたことを思い出し、遠路はるばると使者を遣わしたところ、

僧都の返り言のみあり
僧都から辺事があった。

経ちぬる月の二十日(はつか)のほどになむ、つひにむなしく見たまへなして、世間の道理なれど、悲しび思ひたまふる
先月、二十日の頃についに亡き人となりまして、世の中の道理とはいえ悲しくて仕方ありません。

などあるを見たまふに、世の中のはかなさもあはれに、
などと書かれてあるのを見て、人の世のはかなさを感じ、

うしろめたげに思へりし人もいかならむ、幼きほどに恋ひやすらむ
「遺されたあの方はどうしているだろうか、幼いゆえに恋しがっているのではないだろうか、」

故御息所に後れたてまつりし、などはかばかしからねど、思ひ出でて、浅からずとぶらひたまへり
母の御息所が亡くなった時、ぼんやりとだけ覚えていることなどを思い出して、京の屋敷へ丁寧なとぶらいの使者を遣わした。

少納言、ゆゑなからず、御返りなど聞こえたり
少納言の乳母が、なかなかに品のあるお返事を寄越してきた。