源氏のもとからは、惟光が遣わされた。
参り来べきを、内裏より召しあればなむ、心苦しう見たてまつりしも、静心なく
「参上致すべき折ですが、宮中よりお呼びがかかりまして、本日は伺えません。さみしいお屋敷のご様子が心配でなりませんが・・・」
あぢきなうもあるかな、戯れにても、もののはじめにこの御ことよ
「まあなんてことかしら、かりそめにても、もののはじめから、こんなこととは、
宮聞こしめしつけば、さぶらふ人々のおろかなるにぞさいなまむ
宮様がお聞きになられたら、仕える者が至らないからと、お叱りになるでしょう
あなかしこ、もののついでに、いはけなくうち出できこえさせたまふな
間違っても、何かの拍子に、うっかりとこのことは、話してしまう様なことがないように」
など言ふも、それをば何とも思したらぬぞあさましきや
などと言っているのだが、何のことかもお分かりにならないことなのだから、話しにもならない。
少納言は、惟光にあはれなる物語りどもして、
少納言は、惟光に姫様の境遇などもお話しして、
あり経て後や、さるべき御宿世、逃れきこえたまはぬやうもあらむ
後々のこととしては、姫様の宿世は、そのようなものであるのかもしれません。
ただ今は、かけてもいと似げなき御ことと見たてまつるを、
ただ今は、全く似つかわしくないお話でございますので、
あやしう思しのたまはするも、いかなる御心にか、思ひよる方なう乱れはべる
不思議と、お心遣いを頂き、お言葉を頂いても、どのようなお気持ちからか、思いよるすべもなく心が乱れております。
今日も宮渡らせたまひて、
今日も宮様がおいでになって、
うしろやすく仕うまつれ、心幼くもてなしきこゆな
「あとの心配がないようにお仕えしてください、一人の女性としてお扱いください」
とのたまはせつるも、いとわづらはしう、
とおっしゃられたことも、大変心に掛かり、
ただなるよりは、かかる御好き事も思ひ出でられはべりつる
そのようなことで、あのような勝手なお振る舞いも思いだされるのです。
など言ひて、この人も事あり顔にや思はむなど、あいなければ、
などと言って、惟光にあたかも事があったかのように思われるのもしゃくなので、
いたう嘆かしげにも言ひなさず、大夫も、いかなることにかあらむ、と心得がたう思ふ
淡々とお話しになられるので、惟光の方も、いったいどんなことがあったのか、と不思議に思っている。