2011年8月26日金曜日

二条の院は近ければ

二条の院は近ければ、まだ明うならぬ程におはして、西の対に御車寄せており給ふ
二条院は近いので、まだ夜が明けないうちに到着して、西の対に車を寄せて降りた。

わか君をば、いとかろらかにかき抱きて、おろし給ふ
わか君をいとも軽くかかえて抱いて車から降ろされた。

少納言、
少納言

なほ、いと夢の心地してはべるを、いかにしはべるべき事にか
いまだに夢心地でどうすればいいのだか途方に暮れていて

とてやすらへば
と、車から降りずに、躊躇していると、

そは、心ななり、御みづから渡したてまつれば、かへりなむ、とあらば送りせむかし
それはご自由に、わか君はお連れしましたから、お帰りになるのなら、この車でお送り致しましょう

にはかにあさましう、胸も静かならず、宮の思しのたまはんこと、いかになり果て給ふべき御有様にか、
突然のことで、動揺していて、自分の鼓動が聞けるほどである上に、宮様がおっしゃられること、お嬢様がどのようになられるのか、

とてもかくても、たのもしき人々に後れ聞こえ給へるが、いみじき、とおもうふに、涙のとまらぬを、さすがにゆゆしければ、念じゐたり
とにもかくにも、頼みになるはずの方々に先立たれてしまったから、こんなにも不安なことばかりで可哀相、と思うと涙がとまらなくなるのだが、さすがに縁起が悪いので、我慢したのだった。

こなたは、住み給はぬ対なれば、御帳などもなかりけり
西の対の部屋は空き部屋だったので、几帳なども置いていなかった

惟光召して、御帳、御屏風など、あたりあたりしたてさせ給ふ
惟光を呼んで、几帳や屏風などをあたり一面にしたてさせた。

御几帳の帷子ひきおろし、御座(おまし)など、ただ、ひきつくろふばかりにてあれば、
几帳の帷子(かたびら)をひきおろして、にわかに御座所をおつくりして

ひんがしの対に御とのゐ物、召しにつかはして大殿籠もりぬ
東の対の部屋に、お休みになる時のお召し物を取りにいかせて、源氏はそのままここでお休みになる

わか君はいとむくつけう、いかにすることならむ、とふるはれ給へど、さすがに声立てても、え泣き給はず、
わか君は、君が悪くて、源氏は何をするつもりなのかしら、とふるえていらっしゃるのだが、さすがに声を立ててはお泣きにならない。

少納言がもとに寝ん
「少納言のところで寝たい」

とのたまふ声、いと若し
とおっしゃる声が若々しい。

今はさは、おほとのごもるまじきぞ
「今は、そのように一緒には寝ないのですよ」

と教えきこえ給へば、いと侘しくて、泣き臥し給へり
と諭すと、とても侘しくなってしまい、臥したまま泣いている

乳母は、うちも臥されず、ものも覚えず、起きゐたり
乳母は、うち臥すこともできず、物も考えることができずに、一晩中起きていた。