2011年8月27日土曜日

かかる朝霧を知らでは寝るものか

わが御方にて、御直衣などは奉る
お部屋で直衣に着替えてから、

惟光ばかりを馬に乗せておはしぬ
惟光だけを馬に乗せていかれた。

門うち叩かせたまへば、心も知らなぬ者の開けたるに、御車をやをら引き入れさせて、
門を叩かせれば、何も知らない者が戸を開けたので、そのまま御車を引き入れさせて

大夫妻戸を鳴らしてしはぶけば、少納言聞き知りて、
大夫が妻戸を鳴らして咳払いをすると、少納言が伝え聞いて出てきた。

ここに、おはします
「ここに、源氏がおいででございます」

と言へば
と惟光が言うと

幼き人は御殿籠りてなむ、
姫は寝ております

などか、いと夜深うは出でさせたまへる
どうして、このような夜更けにいらしたのでしょうか

ともののたよりと思ひて言ふ
となにかのついでかと思って尋ねる。

宮へ渡らせたまふべかなるを、その前に聞こえおかなむとてなむ
兵部卿の元へお渡りになるそうですが、その前に申しておくことがありまして

何事にかはべらむ
何事でございましょう

いかにはかばかしき御いらへ聞こえさせたまはむ
どうやってはっきりとしたお答えが出せましょうか

とて、うち笑ひて居たり
と、笑いつつお返事をする。

君、入りたまへば、いとかたはらいたく
源氏が、中にお入りになると、少納言は慌てた様子で、

打ち解けて、あやしき古人どものはべるに
「若くもない女房たちが、何も知らずに寝入っておりますので困ります」

まだおどろいたまはじな、いで、御目さましきこえむ
「まだ寝ていられるのですね、それでは起こして差し上げましょう

かかる朝霧を知らでは寝るものか
この様な朝霧に気付かずにいるのはもったいないですよ」

とて入りたまへば、
と、お入りになるので

や、ともえ聞こえず
一言も言葉がでない

君は何心もなく寝たまへるを、いだき驚かし給ふに、驚きて、宮の御迎へにおはしたる、と寝おびれて思したる
紫の君は無邪気に眠っていらっしゃるのを抱きあげて起こすと、目を覚まして、父宮が御迎えにいらしたと寝ぼけて思っている。

御髪(おぐし)かきつくろひなどし給ひて、
手で髪をといて差し上げて

いざ給へ、宮の御使ひにて参り来つるぞ
「さあ、おいでください、父宮の御使いで参ったのですよ」

とのたまふに、
という声で

あらざりけり、とあきれて、恐ろし、と思ひたれば、
父宮ではないとわかって、途方に暮れ、恐くなると、

あな、心憂、まろもおなじ人ぞ
「どうしてですか、わたしも父宮とかわりませんよ」

とて、かき抱きて出で給へば、
と、そのまま抱いて、部屋の外に出られると、

大夫、少納言などは、こはいかに
大夫や少納言などは、「どうされるのでしょう」

と聞こゆ
とお伺いする。

ここには常にもえ参らぬがおぼつかなければ、心安き所に、と聞こえしを、
「ここにはあまり来ることができないので心配です。わたしの所へおいでくださいとも申しましたが、

心憂く渡り給ふべかなれば、まして聞こえ難かるべければ
他へお移りになられるということならば、更に、お誘いしずらくなりますので

人ひとり参られよかし」
一人、ついてきてください

とのたまへば、
と仰せられれば、

心あわただしくて
大変、慌てて

今日はいと便なくなんはべるべき、宮の渡らせ給はんには、いかさまにか聞こえやらむ
「今日は困ります、宮様がいらして、何と申し上げられましょうか

おのづから程経て、さるべきにおはしまさば、ともかうもはべりなむを、
自然と時が経ち、しかるべき時にいらっしゃれば、どのようにでもできますものを

いと思ひやりなき程のことにはべれば、さぶらふ人々くるしうはべるべし」
まだ、全くの子供ですから、仕える人々もどうしてよいのだかわからないでしょう」

と聞こゆれば、
と申しあげれば

よし、後には人は参りなむかし
「それなら、後で来なさい」

とて御車寄せさせ給へば、
と御車を入り口につけさせると

あさましう、いかやうにか、と思ひあへり
あきれて、どうなることか、とハラハラされる

若君も、あやし、と思して泣い給ふ
紫の君も、不安になって泣いていらっしゃる

少納言とどめ聞こえん方なければ、よべ縫ひし御衣ども引き下げて、みづからもよろしき衣着替へて乗りぬ
少納言はもうお止めできないものと分かり、昨夜から夜なべをして縫い几帳にかけてあった着物を引き落として、ご自分もこ綺麗に着替えられて、お車に乗りこんだ。